宗像剛ブログ

2018.02.08

No,17 野ばらの教会

社長ブログ


前回に引き続き、白河ハリストス正教会についてご紹介します。

 

今回の見学に際してご案内下さった大寺浩様のお話は、普段に寄せる思いと濃密さに満ちており、司馬遼太郎の『街道をゆく』白河・会津のみち~を再読する機会となりました。

 

明治150年・戊申150年

 

明治維新から1世紀半、近代国家として歩み始め、21世紀も5分の1が過ぎようとし、来年は天皇の退位と新天皇の即位、新たな元号に移ろうとしている現在、歴史をかみしめ将来を見据える…そんな空気に欠ける気がします。
司馬遼太郎の『街道をゆく』会津・白河のみち~が週刊朝日に連載されたのは1988年、戊申120年の年でした。『白河・会津のみち』は、『奥州こがれの記』から始まり、少年時代、戊辰戦争の頃、西軍は【白河以北一山百文】と陸奥の地を蔑んで見ていたと教わり、いたく憤慨した記憶がありますが、司馬遼太郎がこの国にあまねく示す敬慕の情が伝わり、嬉しくなります。福島の地勢を説いたところなどは週刊誌の連載を踏まえた上でこの地をPRしてくれているようです。
ほんの数日の白河滞在中、触れ合った人々との何気ない会話に、県民性まで描いて見せ、郡山出身の候補者と白河出身の候補者が中央政界の対立の構図も含んだローカルな時事問題の知事選にも触れ、歴史のみならずあらゆる事象に深い知識と思索を示す追随を許さぬ作風は、まさに【知の巨人】であったと感服します。
30年前に白河そして会津を歩き、精緻でしかも暖かい視線で描かれた『街道をゆく』
…私達も今一度、福島の歴史を学ぶべきだと痛感しました。

 

幕末から維新の奔流を泳ぎ切った人々

 

明治11年設立された白河ハリストス正教会の初代司祭-澤邊琢磨神父は坂本龍馬の従兄妹であったと説明を頂きました。
頂戴したパンフレットにはその事実が簡明に記されていますが、澤邊神父の来歴を見ると、土佐から江戸に登り幕末に剣豪としてならし、小さな躓き(つまづき)から江戸を出奔し北国を流浪、やがて函館(当時・箱館)でロシア正教の我が国での布教を胸に秘めたニコライ神父と出会い、洗礼を受け日本最初の信者の一人となった。
大きな時代の波に図らずも翻弄され、遥か東方の辺地にまでギリシア正教の光を届けようとの動き…。澤邊神父の国内での人との出会い、宗教を含め海外からのアプローチを見た時、我が国の大転換期に生々しく向き合った人物の典型であったと思わずにはいられません。そのような人物が足跡を残した白河なのです。
誇り高い白河と、野ばらの教会を守ってこられ、人々に灯りをともし続けた信者の皆様に心から敬意を表すものです。

 

イコンと山下りん・・・白河ハリストス正教会所蔵イコン聖像画家(1857~1939)


司馬遼太郎は白河ハリストス正教会で偶然にも山下りんのイコンに出会い、感慨深く彼女の歩んだ道と人物像を記しています。同時代に生き、澤邊神父とは宗教の導きは同じくするものの境遇はまったく異なる彼女がロシアに渡り西洋美術との出会いと自身に求められるものとの狭間での芸術家としての苦悩に打たれるものがあります。
私達が普通に植えつけられた、いわゆる西洋宗教画とイコンは異なる感じがします。
今回、人々の崇高な思いが詰まり神々しくさえ感じた光の中で初めて向かい合った山下りんの作に描かれたもの、またロシアから送られたイコンの数々、背景を知ったうえで初めて理解できるものだと思いました。正しい鑑賞の術は和洋両面からの識眼になる司馬遼太郎に習えば良いのですが、大寺さんは私達のために燭台に灯りをつけて下さいました。
語らず私たちの鑑賞を助けて下さったそのご配慮に御礼申し上げます。

 

白河の人々

 

彼の作品中に登場する白河の人々…。
鍵の閉まった教会の前に立つ司馬を見つけて、筋向いの昭和堂書店の若主人、鈴木雅文さんが駆けより短い会話を交わします。教会のフェンスにからまるピンクのバラを評して「このバラは白河の感じによく似合いますね。」との言葉に鈴木さんは「私の小さい時からからまっていました。」とこたえ思い出を語りました。
鈴木さんが呼んでくれた鍵をあずかる輔祭(ほさい:正教会における神品(聖職者)の職分のひとつ。主教・司祭の許(もと)で、主教・司祭を奉神礼において補佐する。)の平沢さんを評して「平沢賢一氏は、これ以上望みがたいほどに温和な人で、度の強い近眼鏡をかけ、色白で、ひげのそりあとが青く、しずかな知的精気といったものを感じさせる人だった。」と評し、白河における三代に渡る信者であり、東京神田駿河台のニコライ堂東京正教神学校に入ったものの健康を害し一年で白河に戻られたことも紹介している。
鈴木さんにしても平沢氏にしても作家がその人を活写する力には唸ります。
私が育った郡山は近代以降の開拓の歴史があるのみで、白河と違って悲しいかな浅薄な感は否めないのです。白河人が感じられている通りです。
白河の街と歴史に心から敬意を表します。
今回、白河ハリストス正教会の扉を開いて頂き思う事が沢山ありました。


頂戴した 『白河ハリストス正教会・140年のあゆみ』白河生神女進堂聖堂建立百周年の冊子に
白河正教会出身の聖職者に、輔祭アルニセイ : 平沢賢一氏、
百周年実行委員会にイオアン : 大寺浩様のお名前がありました。