安積歴史博物館(旧福島県尋常中学校本館)災害復旧工事

技術情報 ,

国指定重要文化財 旧尋常中学校本館(安積歴史博物館)の被災による修復工事が始まりました。漆喰壁はことごとく崩落、基礎石、一部木部などにも被害が出ました。はらみだした基礎石は、アンダーピニング工法で、うまく元の位置に戻りました。欠けてしまった石は、エポキシ接着剤で貼り付けて、欠けた石をまぶして色の調整を。落ちた土は、こまかく砕いて再利用。木摺り下地は、落ちやすいので、次回に備えて、落ちにくい壁を作ろうと検討を重ねました。

【建築物概要】

名称:旧福島県尋常中学校本館 1棟 (創建 明治22年 西暦1889年)国指定 重要文化財
所在地:福島県郡山市開成5丁目25番63号
構造形式:木造、建築面積1,132.3㎡ 延べ床面積2323.0m2 二階建、玄関付、桟瓦葺 軒高8.975m棟高14.704m

【破損状況】

平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(当地方は震度6弱)及びこれに伴う度重なる余震により被災した。

基礎:基礎は30cm角の延石を2段に積み上げた形式であるが、これらのうち建物向かって右半部(西半部)において各々が外方に孕み出した状態であった。孕み出した位置は、建物隅と、一階内部各室の間仕切位置に相当し(この位置に上部荷重がかかっており、地震動の影響を受けやすいため)、一方で建物東方についてはこのような破損は一切みられない。床下の独立基礎においては、極端な破損は見受けられない。一方で、震災後時点においても、基礎の不動沈下はほぼないと言ってよく、当該箇所の地盤が比較的良い地盤であることがうかがい知れる。

木部:建物全体が東方に若干傾斜する傾向がみられた(実測値でおよそ1/75程度の傾斜角を示し、建物の構造的には過大な数値ではないものの、やや大きい数値である。)床組は、地震動により大引より上部が大きく震動した結果として床束が傾斜してずれた箇所が見受けられた。

屋根:目立った破損は確認されなかった。

土壁:内部土壁の過半が脱落し、壁下地の木摺までが現れた状態であった。また、現段階で脱落を免れた箇所についても、亀裂や下地から肌別れしている箇所がほとんどであった。

建具:300枚近くのガラスが割れていたほか、建具や周囲枠材が変形したことにより建具そのものの開閉に支障をきたしている箇所が多くみられた。

その他:壁土が脱落して床に散乱したため、内部床やカーテン等の内装材の汚損が著しい。

【工事概要】

  • 修理方針(災害復旧)…部分修理(基礎・土壁・建具・他)
  • 基礎石の補修のため、建物西半部については必要最小限度の揚屋工事を行い、基礎石の修正を行った。
  • 土壁はすべて一旦掻き落とし、下塗からすべて在来の工法にしたがい塗り替えた。
  • 建具については、割損したガラス材を更新したほか、併せてすべての建具について建付の調整、クレセント錠等の破損した金具の取替等を行った。
  • 内外のペンキ塗については、今回想定する国庫補助事業の方針に沿い、解体する木部等の災害復旧に関連する箇所のみを塗装直しの範囲として計画し、別途外部塗装工事も実施した。
  • その他、周囲地盤の高さ調整、土壌防蟻処理、土壁工事等に支障する各種設備の取外し及び取付、汚損した床板のクリーニング、カーテンのクリーニング等を工事計画に加え、実施した。

国指定重要文化財 旧福島県尋常中学校本館

福島県議会は1886(明治19)年4月の中学校令変更に伴って、福島・平・若松の3つの中学校を一県一中学校の原則に基づく福島中学校に統合、福島県尋常中学校として再編されました。その後、県立中学校を郡山の桑野村に移し新校舎を建設する旨の決定を致しました。新しい校舎には1889(明治22)年3月に竣工しましたが、そのとき本館として建てられたのがこの建物です。その後、安積高等学校本館として永く使われてきましたが、現在は安積歴史博物館となっています。この建物は木造2階建の本格的洋風建築で、正面に設けられた2階建の玄関ポーチや上げ下げするバランス窓などに、その時代の尋常中学校の特徴が良くあらわれています。平面は中廊下式で、一階には職員室・事務室・応接室・小使室・特別教室が設けられ、2階には一般教室と東端の講堂が設けられました。1900(明治33)年には東側1教室分が増築され講堂も2教室分であったのが3教室分に拡張されました。その結果、現在、東側のほうが西側より1教室分ながくなっています。建築面積は1154,8㎡です。出典:郡山市の文化財 郡山市教育委員会


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