宗像剛ブログ

2019.08.18

No,74 仏都 – 会津を訪ねて

社長ブログ

国指定史跡・慧日寺跡

 耶麻郡磐梯町大字磐梯字本寺八幡4614‐5
磐梯山慧日寺資料館

 耶麻郡磐梯町大字磐梯字寺西38番地

 

A型フォードのひとり言

「長かった梅雨が過ぎ梅雨明けを喜んだのもつかの間、猛暑に覆われた県内。
台風も連続して襲来、西日本以南には被害の爪痕を残しました。
7日には立秋、そしてお盆を迎えました。
日本の年中行事にもすっかりなじみました。
夏の民族大移動・久しぶりに懐かしい人との再会を楽しむひと時、
皆様いかが過ごされましたか?」

 

盛夏猛暑のある日、
東北最大の仏都会津の象徴・慧日寺を訪ねました。

 

慧日寺入口
開祖・徳一(とくいつ)749年生誕824年没
法相宗の僧であった徳一は
大同元年(806年)の磐梯山噴火に苦しむ民を
仏の教えをもって救済せんとこの地に赴き慧日寺を開き、
壮大な修行の場、布教の聖地を築きました。

 

50代半ばを過ぎての遠国での布教活動はすさまじく、
南東北から北関東一円、徳一が開祖とされる寺は90ヵ寺とも言われます。

 

天台宗の開祖・伝教大師最澄との果てしない激しい論争は有名ですが、
1200年も昔、精力的に歩き、辺地から強烈な個性を発揮した傑物です。

 

磐梯町の取り組み

 

仏都会津の礎と言いながら廃仏毀釈によってついには廃寺となった慧日寺。
往時をしのぶものがないことから
磐梯町は史跡公園としての整備に取り組みました。

 

2008年復元・金堂
2009年復元・中門
講堂跡
仏堂跡

 

薬師如来坐像復元と東京芸術大学

薬師如来坐像正面
側面
お顔と光背

2015年から2018年まで3年の月日をかけて薬師如来坐像は
往時のお姿を現しました。
東京芸術大学大学院 美術研究科 文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室
薮内佐斗司教授 はじめ 若い学究の総力の結集です。

 

自治体の熱意と地元企業の理解とサポートそして大学が
営々と培った知見と技術の精華が実を結んだものです。

 

このプロジェクトは私たちに新しい可能性を示してくれました。

 

やがて大きく羽ばたく若い人たちのルーツの一つになれたことも素敵です。

※プロジェクトの詳細は東京芸術大学ホームページ
「磐梯町慧日寺復元金堂内薬師如来復元プロジェクトについて」参照。

 

磐梯山慧日寺資料館


慧日寺から徒歩3分、木立の中に資料館はあります。
仏都会津・慧日寺に光をあてようとの思いが伝わる展示です。

 

様々なイベントも積極的に展開しています。
https://www.town.bandai.fukushima.jp/site/enichiji/

 

令和天皇も皇太子時代、ご夫妻で行啓されました。

 

会津文化をより知るために慧日寺は勿論、
日本遺産「会津三十三観音」も

訪ねてみてはいかがでしょう。